素朴に暴力を否定すること

 昼飯を食いながらテレ朝のニュースショーを眺めていたら、アジアプレスの石丸二郎が持ち込んだ北朝鮮の市民生活をドキュメントした映像が流れてきた。この映像は既出のもので以前にも見た記憶がある。
 
 違法な露店マーケットで市民の7割が糧を得ているとする映像が映し出され、これも違法なリヤカーによる荷運びが紹介される。それと同時に国家統制によるリヤカーの没収、わずかな生活の糧を奪われて泣くオンナが映し出される。記者が空のリヤカーのそばで乳児を抱く母親を取材する。取締が怖く荷運びによる収入も1日1500ウォン(50円ぐらい)ほどで親子はここ数日ろくなものを食べていない様子。記者が食料をかってきて食べるように促し、無邪気に笑顔を見せる子どもと泣く母親が少し引いた映像で流される。夜10歳ぐらいの子供たちだけで路上にいる様子。身を寄せ合って夜を明かす孤児たちだ。子どもたちはゴミ箱から食べ物を探して食べるという。

 首都平壌の外国人立ち入り禁止区域の様子である。終戦後の日本の風景とオーバーラップする。違うのは国家が破綻し進駐軍によって統制されていた日本と、軍事独裁国家で国際的に孤立したの北朝鮮であるということだ。日本には希望があった。米国から多くの物資が入ってきていたし、駐留する米軍兵士は派手に消費した。経済が動いていたのだ。しかし、北朝鮮にはそれがない。外国からの投資はほとんど無いし、外貨を稼ぐ手段は限られている。国内の生産力では国民の飢餓を救えない。なぜ北朝鮮はこれほどまで貧しいのだろうか。世界第2位・4位・11位・13位の経済大国に囲まれている。紀元前からの歴史を持つ朝鮮族の国家は朝鮮戦争から50年余りたって何をしているのか。
  
 北朝鮮先軍政治を行っていると言われている。ようするに戦時下の政治だ。同じ立場の韓国は停戦後戦時の緊張感を利用して民需経済復興を行い成功させたが、北朝鮮は同様の緊張感を戦争状態を続けることに費やしたのである。戦争状態であることの愚かしさを多くの国は知っているはずだ。北朝鮮はその典型的なサンプルであり、日本は逆説的なサンプルである。それにもかかわらず、世界最大の軍事力を持つ米国はその軍事力をもてあますように戦争を続けている。国連の主だった国々がアフガン・イラクに軍隊を送り、ロシアも隣国と軍事的応酬を行う。多くの国々で内紛が起き、内戦状態が続く。アフリカには北朝鮮以上に深刻な地域があるのだ。
 イスラエルパレスチナの状態を見れば、武力の応酬が悲劇以外生み出さ無いことを誰でも理解できる。もういい加減武力を使い事をやめよう。少なくとも米国は軍隊を国内の基地まで引くべきである。公海上に展開している各国の海軍力も自国の港に引き返すべきだ。そして武器の生産をやめるのである。
 北朝鮮に行うべきは経済的制裁ではない。これはイスラエルがガザに行っているのと同じ兵糧攻めである。これは立派な兵法であることを認識すべきである。
 素朴に暴力を否定することが全ての前提にならなければならない。